2012年5月1日火曜日

博物館に未来はあるのか?

文部科学省の社会教育調査-平成20年度結果の概要という資料が公開されている。

出典:文部科学省の社会教育調査-平成20年度結果の概要

その資料を取上げる前に、まず、博物館は、総合、科学、歴史、美術、野外博物館、動物園、植物園、動植物園、水族館と9つに分類されており、加えて博物館法により、登録博物館、博物館相当施設、博物館類似施設の3つに分かれている。

登録博物館は、地方公共団体、一般財団法人、一般社団法人、宗教法人、日本赤十字社または日本放送協会が設置した施設。博物館相当施設は、文部科学大臣あるいは都道府県教育委員会の指定を受けた施設。それ以外で博物館と同じ事業を行う施設が、博物館類似施設ということになる。

ま、一般企業や団体が開設・運営している博物館類似施設が多いことは言うまでもない。

さて、3年おきに行われている調査で、平成8年から20年までの博物館の館数の推移を見ると、平成8年度に4,507館だった数は、20年度には1,268館も増えて5,775になっている。28%も増えている。


これを登録博物館(+相当施設)と、類似施設に分けてみるともっと分かりやすい。登録博物館(+相当施設)が263館増えているのに対して、 博物館類似施設は1,005館も増えている。

なぜそんな増えているかと言うと、平成11年度に博物館類似施設が542館、特に歴史博物館が289館、美術博物館が114館も増えているからだ。8年度比で15%以上も増えるという特異年になっている。その原因を掘り下げるつもりはないので、ご存知の方がいらっしゃれば是非、教えてください。


次に入館者数を見てみる。平成7年度間に2億8600万人だったが、19年度間には2億7987万人となっている。平成13年度間の2億6450万人を底に、16年度間(前回比3.1%増)、19年度間(同2.6%増)と盛り返してきてはいるが、7年度間と比べて613万人、2.1%も少なくなっている。
(グラフの縦軸は単位千人)


博物館数自体が平成8年度から1,268館(28%増)も増えているわけだから、入館者数が盛り返してきているのではなく、もっと増えていなければいけないはずだ。しかし、実際の処は2.1%も減っている。

それを登録博物館(+相当施設)と、類似施設に分けてみると、
  • 平成7年度間  登録博物館 1億2407万人。類似施設 1億6193万人
  • 平成19年度間 登録博物館 1億2416万人。類似施設 1億5571万人
登録博物館は9万人増えて、類似施設は622万人も減っている。

登録博物館は10年度間が底で、それから盛り返してきている。一方、類似施設は13年度間が底だが、16年度間、19年度間と目に見えるほどの盛り返しではない。いずれにしても館数増に見合うだけの入館者増ではなく、類似施設の入館者数は減っている。
(グラフの縦軸は単位千人)


そこで、平成8年度および平成20年度の館数と、平成7年度間および平成19年度間の入館者数から1館あたりの平均入館者数を見ると、傾向がはっきりする。どの博物館も平均入館者数が減っている。特に、動植物園は18万4000人も減っている。動物園も8万4000人、野外博物館が3万7000人も1館あたりの平均入館者数が減っている。
(グラフの縦軸は単位千人) 


博物館数が増え、1館あたりの平均入館者数が減っているのだから、過当競争状態に入っていると言っても間違ってはいないだろう。多分、新設の博物館類似施設に人気が集中し、既存施設は入館者減に苦しんでいる。その減少幅が平均入館者数に反映しているというのが現状だろう。

旭山動物園の昨年度の入園者数は4年連続で減少し、7年ぶりに200万人を割り込み約172万人だった。旭山動物園が始めた行動展示で動物園の人気が盛り上がっていたが、すでに下火になっているようだ。その点、Ustを使った中継やTwitterで注目を集めるアカウントのある水族館が踏ん張っているようだ。

出典:旭川市 旭山動物園の月別入園者数


ここでもう少し、詳細を見てみる。

平成8年度から20年度にかけて、
  • 博物館(+相当施設)の中で最も増えたのは、美術博物館で124館増加、2番目は歴史博物館で104館増加。
  • 博物館類似施設の中で最も増えたのは、歴史博物館で619館増加、2番目は美術博物館で132館増加。
  • 博物館全体でみると、 歴史博物館は723館増加、2番目は美術博物館で256館増加。
平成7年度から19年度にかけて、
  • 歴史博物館(+相当施設)の入館者数は57万人増加、美術博物館(同)は736万人増加。
  • 歴史博物館類似施設の入館者数は375万人増加、美術博物館(同)は355万人減少
となっている。

歴史博物館数はベラボウに増えたが、入館者増が多かったのは類似施設だ。美術博物館数もベラボウに増えたが、 登録+相当施設が順調に入館者数を伸ばした一方、類似施設は減少している。

そこで、 歴史博物館と美術博物館を、博物館(+相当施設)と類似施設ごとにその1館あたりの平均入館者数を見ると、一目瞭然。館数が増えたのはいいが、1館あたりの平均入館者数は減っている。
(グラフの縦軸は単位千人)


今後、少子高齢化、出生率低下、総人口減少のトリプルパンチがやってくる。それにも関らず、もし、今後も博物館、中でも歴史・美術博物館の新設が止まらないとすると、平均入館者数の右肩下がりの傾向は続き、既存施設の淘汰が本格化するだろう。スクラップ&ビルドではなく、スクラップ&ダンプになりかねない。

大都市周辺の大規模博物館には圏内外からそこそこ入館者がくるだろうが、それ以外の博物館はどうなるのだろう?大都市周辺であっても、博物館全体の77%を占めて全国に4,428館もあり、それこそどこにでもある歴史博物館、美術博物館に足を運ぶ人がいるのだろうか?国立とか、東京とか、京都、奈良といった冠のない歴史博物館、美術博物館に足を運ぶ人が増えるだろうか?

登録歴史博物館(+相当施設)の平均入館者数が、平成20年で4万5800人ということは、年に300日間オープンしているとすると、1日153人。登録美術博物館(+相当施設)の平均入館者数が、同7万3600人ということは、1日245人が来館することになる。

類似施設はもっとひどい。歴史博物館類似施設の場合、平均入館者数が、平成20年で1万9900人ということは、1日66人。美術博物館類似施設の場合、1日124人だ。

1日66人、あるいは最大でも245人だとすると、コンビニやファーストフード店ならすぐに雇われ店長の首が飛びそうな数字だ。 2012年3月、全国にコンビニは4万4814店舗あり、来店客数は11億9565万人。1日当たりにすると1店舗あたり889人が来店している。

出典:一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会

ま、バカげた比較だとは思うが、過当競争状態のコンビ二は1日に約900人くらい来店してもらわないとやっていけない。そのために、それこそ店先で店長やバイトが声をからして客を呼び込んだり、精算時に客の性別・年齢を入力してデータを取っているし、売り切れの品物が出ないように商品管理に気を配っている。オーナーがバイトの穴埋めで深夜帯に入り、翌日もそのまま夕方まで入るような過酷な労働をやっていても廃業するケースは後を絶たない。

コンビニと同様に博物館も過当競争状態に入っていると認識している博物館は、知恵と工夫で新しい企画を生み出し、新規来場者およびリピーターを呼び込むことにそれこそ心血を注いでいるはずだ。

しかし、これからの人口減少を考えると、どう見ても博物館の未来は光り輝くとは言い難いし、特に歴史博物館、そして美術博物館はこれまでと同じアプローチ、方法論を踏襲していては、淘汰される可能性が大きくなるのではと心配になってしまう。

特に今、博物館を利用するオーディエンスがどんな人々なのかを知らなければ、新しいアプローチやマーケティング施策を企画することはできない。

さて、三重県に平成26年度以降に開館を目指している新県立博物館がある。「新県立博物館基本計画」や「新県立博物館 事業実施方針 ~開館に向けて~」というPDFに欠如しているものがある。それは、博物館を利用するオーディエンスに関する考察がないことだ。そのオーディエンスに対する施策がないということだ。

出典: 三重県 新県立博物館基本計画
出典: 三重県 新県立博物館 事業実施方針 ~開館に向けて~

一般の事業会社であればまず、市場リサーチがくるところだが、それが見当たらない。利用者たるオーディエンスの全国・三重県・近隣県のデモグラフィックス、年1回以上美術・博物館へ行く割合、美術・博物館へ行く年間平均回数、平日・休日の来館割合といった行動パターン、来館目的や美術・博物館に求めるものといった調査が見当たらない。また、オーディエンスが日々、活用しているコミュニケーションデバイスやチャネル、チャネルごとのコンテンツ消費といった分析や、配信チャネルに合わせたコンテンツ制作を検討してゆく必要があるはずだが、それも見当たらない。そして、開館後の活動をどうやってオーディエンスに伝え、広げてゆくかという方法論、マーケティング施策が見当たらない。

一般の事業会社であれば次に、近隣県、名古屋・大阪・京都・東京の同等博物館、すなわち競合の取り組みの考察、ヒアリングや評価がくる。既存マーケティング施策はもちろんだが、メルマガ、ブログ、Facebook、Twitter、YouTube、Ustreamといったソーシャルチャネルを活用し始めている各博物館の取り組みを見るべきだと思うが、それも見当たらない。

また、まだその時期になっていないためなのか不明だが、約120億円の整備事業費を計上しているにも関わらず目標が設定されていない。年間、どういった展覧会を何回、開催して何人の入館者を目指すのかという大前提がなければ、どのような運営をするべきか先が見えないと思うが、見当たらない。

言葉を変えるとマーケティング戦略が見当たらない。インターネットで巨大ブランドを脅かすほどに成長したソーシャルメディアユーザの発信力、共有力を踏まえた考察が見当たらない。それを背景とした現在、今後を俯瞰する戦略が見当たらない。インターネット、ソーシャルメディアがもたらした大きな変化に適合しようと新しい取り組みを始めている各博物館の動きを参照し、戦略に反映させるといった視点が見当たらない。

それとも、「インターネット、モバイル、スマホ、iPad、Web2.0、ソーシャルメディア、YouTube、Facebook、Twitter、FourSquare、Pinterestなどを検討するのは全く不要だ。テート美術館のようにソーシャルメディア・コミュニケーション戦略を構築するのも必要ない」、

参考:マサダ テート美術館のソーシャルメディア・コミュニケーション戦略

「まして、スミソニアン博物館のようにわざわざ、Webおよびニューメディア戦略プロセスをWiki化して内外から多様な英知を募る必要などない」と、考えておられるのでしょうか?
(スミソニアンのWikiへは以下をクリック)


そのWikiによれば、スミソニアン博物館の学習モデルは、スクール形式からオンラインツール及びコミュニティによる小グループと自発的発見のハイブリッド型へ変化するとされている。スミソニアン博物館へのオンラインアクセスを増やすことが、学習を促進する方程式の一部だとしている。


日本でもこういった取り組みがデフォルト化してゆくというマインドセットの切換えが必要だろう。

開館するまでの2年間に、想定していないオーディエンスとの隔たりは修復できないほどに広がらなければいいと思うばかりだ。

博物館の未来は大丈夫でしょうか?

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